■弁論
■準備
主文
1 原判決のうち被上告人に関する上告人らの敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻
す。
理由
上告代理人松山秀樹の上告受理申立て理由について1 本件は,上告人らが,被上告人によりアメリカ合衆国財務省証券(以下「米国債」という。)の購入資金名下に金員を騙取されたと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,騙取された金員及び弁護士費用相当額並びに遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人X と上告人X は夫婦であり,上告人X は上告人X の兄である。
1 2 3 1(2) 被上告人は,平成11年1月ころから,上告人らに対し,被上告人を介して米国債を購入すれば高額の配当金を得ることができるなどと架空の事実を繰り返し申し向け,その旨誤信させ,その購入資金として,平成12年8月から平成15年6月までの間,上告人X に合計1400万円,上告人X に合計600万円,上1 2告人X に200万円をそれぞれ支払わせて,これらを騙取した(以下,この騙取3行為を「本件詐欺」といい,これにより被上告人が取得した金員を「本件各騙取金」という。)。
(3) 被上告人は,真実は本件各騙取金で米国債を購入していないにもかかわらず,あたかもこれを購入して配当金を得たかのように装い,平成12年9月から平成15年9月までの間,上記配当金名下に,上告人X に合計140万87921円,上告人X に合計42万0021円,上告人X に合計14万5000円をそれ2 3ぞれ交付した(以下,これらの金員を「本件各仮装配当金」という。)。
(4) 被上告人は,平成17年1月8日に詐欺の容疑で逮捕され,本件詐欺等の事実で起訴された。
被上告人は,平成18年1月26日,神戸地方裁判所において,詐欺罪で懲役6年の判決を受け,同判決は確定した。
(5) 被上告人は,本件詐欺による被害の弁償として,平成17年11月25日,上告人X に41万円,上告人X に49万円を,同月17日,上告人X に41 2 32万円をそれぞれ支払った(以下,これらの金員を「本件各弁償金」という。)。
3 原審は,上記事実関係の下において,被上告人の不法行為責任を認めた上で,要旨次のとおり判断して,上告人らの請求を一部認容した。
(1) 上告人らは,本件詐欺により,被上告人から本件各騙取金相当額の損害を被る一方で本件各仮装配当金相当額の利益を受けているから,本件各仮装配当金の交付が不法原因給付に当たるとしても,上告人らが本件詐欺により被った損害の額の算定に当たっては,損益相殺的な調整を図るために,本件各騙取金の額から本件各仮装配当金の額を控除する必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)。
(2) 本件各弁償金の支払は,(1)の説示に従って損害額が算定される被上告人の上告人らに対する各損害賠償債務の一部弁済に当たり,同債務の遅延損害金,元本の順に充当される。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為(以下「反倫理的行為」という。)に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも許されないものというべきである(最高裁平成19年(受)第569号同20年6月10日第三小法廷判決参照)。
前記事実関係によれば,本件詐欺が反倫理的行為に該当することは明らかであるところ,被上告人は,真実は本件各騙取金で米国債を購入していないにもかかわらず,あたかもこれを購入して配当金を得たかのように装い,上告人らに対し,本件各仮装配当金を交付したというのであるから,本件各仮装配当金の交付は,専ら,上告人らをして被上告人が米国債を購入しているものと誤信させることにより,本件詐欺を実行し,その発覚を防ぐための手段にほかならないというべきである。
そうすると,本件各仮装配当金の交付によって上告人らが得た利益は,不法原因給付によって生じたものというべきであり,本件損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として本件各騙取金の額から本件各仮装配当金の額を控除することは許されないものというべきである。
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決のうち被上告人に関する上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。
そして,上告人らが本件詐欺により被った損害(弁護士費用相当額を含む。)の額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,本件配当金名下の金員の交付は,被上告人の行った本件詐欺行為と一体をなすものであり,被上告人が上告人らに交付した配当金名下の金員の法的取扱いは,上告人らが被った損害との損益相殺の問題ではなく,財産的損害としての評価の問題であると考える。
不法行為によって被害者が金銭等の財産的損害を被った場合に,被害者が同時に当該不法行為自体によって財産上の利益を得ているときには,その差額をもって財産上の損害額と評価すべきである。
例えば,加害者が投資名下の詐欺で被害者から100万円の交付を受け,その際に利益配当の前払いであるとして被害者に5万円を交付した場合には,損害額は95万円であると解することに大方の異論はないものと思われる。
そうして損害額が評価されたうえで,当該不法行為を原因として被害者が利得を得ている場合に,当該利得を既に評価されている損害額から差し引くべきか否かという点において,損益相殺の可否が問題となると考える。
かかる見解に立った場合に,不法行為による被害者の損害額の算定において,その不法行為を原因として加害者から被害者に給付されるものが存するときに,そのうち如何なる範囲の給付が差し引かれるべきかということが問題となる。
その点につき,私は,加害者から被害者に対してなされる給付が,当該不法行為と一体をなしていると評価できる場合には,その給付相当額は,被害者の財産上の損害額の算定において差し引かれるべきものであると考える。
そこで本件についてみるに,本件では,被上告人は上告人らから米国債購入名下で金員を騙取する際に,預り金額,配当金の金額及び利率,分配金の支払時期,満期日等を明記した「預り証」を上告人らに交付し,その後,当初の満期日が到来すると買換えの形態をとって,別途新たな「預り証」を交付して,上告人らに対しては,その「預り証」に記載したとおりの配当金名下の金員を交付していたのであって,配当金名下の金員の交付は,当初の騙取行為の際に予定されていたものであり,米国債購入名下の金員騙取行為と配当金名下での支払いとは一体として一個の詐欺行為を構成するものというべきである。
また,「預り証」に記載された満期日毎になされた「預り証」の差換えは,それ自体が当初から予定されていた行為と評価でき,その差換え分をも含めて一個の詐欺行為を構成するものというべきである。
従って,上告人らが本件詐欺によって被った損害額を算定するに当たっては,米国債購入名下に金員を騙取された行為と当該各米国債の配当金名下での金員が交付された行為を一体として捉え,各騙取行為毎に損害額を算定し,その合計額をもって損害額を算定すべきものである(もっとも,各上告人が被上告人に騙取された金額をそれぞれ合計し,配当金名下で支払われた金額の合計をそれぞれ差し引いて算定しても,本件では,その金額は一致する。)。
この点につき,多数意見は,「本件各仮装配当金の交付は,専ら,上告人らをして被上告人が米国債を購入しているものと誤信させることにより,本件詐欺を実行し,その発覚を防ぐための手段にほかならないというべきである」として,配当金名下で交付された金員につき,不法原因給付性を認めるが,被上告人が当初の騙取行為と離れて,詐欺の発覚を免れるべく別途金員を交付していた場合ならともかく,前記のとおり本件における配当金名下の金員の交付は,当初の騙取行為と一体の行為と評価すべきものというべきものであるから,多数意見には賛成し難い。
なお,多数意見の見解に従えば,被害者が多数に上る高率配当を唱った投資名下の詐欺事件などの場合,例えば,被害者がA,B共に1000万円の被害を被ったが,Aは数年前に被害にかかり,その後事件発覚前に既に300万円の配当金を受領し,他方,Bは事件発覚の直前に被害にかかったために,配当金を全く受領していなくても,Aの受領した配当金は,被害額の算定において差し引くべきでなく,又,不法原因給付に当たることから損益相殺をすることも許されないということになる。
その結果,A,Bの損害額はいずれも1000万円となり,加害者に対して1000万円の給付判決を得ることができ,また,執行手続や破産手続が開始した場合には,それぞれ1000万円をもって債権届をなし,配当手続に参加して配当金を受領することが出来ることになる。
しかし,かかる結論は,同種の不法行為の被害者であるA,B間の衡平を著しく害することになるのであって,この点からしても多数意見には賛成できない。
また,かかる案件の破産事件において,各被害者からそのような主張がなされた場合には,実務処理上,非常に難しい問題を生じかねないことを危惧するものである。
以上のとおり,本件では,上告人らが被上告人から配当金名下で受領した金員相当額は,上告人らの損害額の算定に当たって控除すべきものであるから,原判決は結論において相当であり,上告人らの上告は棄却すべきである。
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